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欧州の天然ガス事情
欧州で天然ガスの在庫が急増しているとのニュースが出るようになった。今日は欧州市場の概要と欧州のガス在庫について説明して、今後の見通しについて考えてみたい。
欧州市場の概要
![Gas pipeline network in Europe [2]. | Download Scientific Diagram](https://www.researchgate.net/profile/Jeroen_Stolwijk/publication/275828182/figure/fig1/AS:294589563981825@1447247033603/Gas-pipeline-network-in-Europe-2.png)
欧州市場は現在世界最大の天然ガス市場で、全世界で取引される天然ガスのおよそ半分(2018年時点)を占めている。図1に見るように欧州各国とロシア、北海ガス田は天然ガスのパイプラインで結ばれており、LNGに比べて安価だった気体のガスを伝統的にロシアから輸入してきた。また、天然ガスの先物市場としてはロンドンのNBPとオランダのTTFがあり取引されている。
EUによるアメリカ産LNGの輸入急増
長らく欧州はロシア産の天然ガスに依存してきたが、2014年のウクライナ危機後のエネルギー安全保障問題から、調達先の多角化を進めてきた。同時期に米国ではシェール革命後にシェールガスの生産の急増による価格の下落で、ブレント原油の価格に連動するロシア産の長期契約の天然ガスより、液化・輸送コストを加味しても価格で太刀打ち可能となったこと、米国内のLNG輸出基地の整備で、輸出体制が整ったことで米国産の輸入が図2のように2019年に入って急増した。図3のようにEU向けのLNGでアメリカがシェアを伸ばしている他、アメリカのLNG輸出の3割がEU向けとなっている。


アメリカのLNG輸出のEUのシェアとEUの輸入に占めるアメリカのシェア(右)
(出展元 European Commission)
一方で、ドイツは伝統的な東方政策に基づいて、2017年にロシア産のガスの輸入量がEUとして過去最大となるなど、ロシア産のガスの輸入増加や直接輸入(ノルドストリーム2)プロジェクトに乗り出しており、欧州も決して一枚岩ではない。
欧州の天然ガス在庫と価格
容量(TWh) | 在庫(TWh) | 在庫率(%) | 在庫先日比(%) | |
欧州全体 | 1106.6314 | 777.7878 | 70.28 | +0.43 |
オーストリア | 94.5289 | 78.6892 | 83.24 | +0.38 |
ベルギー | 9.0013 | 8.2487 | 91.64 | +0.28 |
ブルガリア | 6.2700 | 2.3871 | 38.07 | -0.02 |
クロアチア | 5.2164 | 2.1585 | 41.38 | +0.22 |
チェコ | 35.6585 | 21.9137 | 61.45 | +0.64 |
デンマーク | 10.1600 | 7.3667 | 72.51 | +0.31 |
フランス | 128.8142 | 84.4327 | 65.55 | +0.78 |
ドイツ | 226.8035 | 187.6997 | 82.76 | +0.42 |
ハンガリー | 69.6366 | 50.5742 | 72.63 | +0.17 |
アイルランド | – | – | – | – |
イタリア | 196.8798 | 129.0925 | 65.57 | +0.44 |
ラトヴィア | 24.2190 | 9.2723 | 38.29 | +0.42 |
オランダ | 139.4282 | 85.2677 | 61.16 | +0.29 |
ポーランド | 34.1987 | 19.0763 | 55.78 | +0.35 |
ポルトガル | 3.6600 | 3.7229 | 100.00 | +0.55 |
ルーマニア | 32.9906 | 21.8333 | 66.18 | +0.24 |
スロヴァキア | 42.6476 | 33.2253 | 78.09 | +0.26 |
スペイン | 34.2480 | 25.7194 | 75.10 | +0.07 |
スウェーデン | 0.0864 | 0.0318 | 36.83 | 0.00 |
イギリス | 12.2839 | 7.0757 | 57.60 | +2.02 |

*黒線が在庫の最大容量、2段目と3段目は使用しないので今回は解説していない
*2018年は厳冬による消費増のため例年(2019年)より在庫が減少している
2019年は輸入の急増とウクライナのガス問題再発懸念から、アメリカ産などLNGを大量に輸入した(2019年のLNGの生産増加分の多くを欧州が引き受けた計算となる)ことで、10月には在庫率が97.0%に達した。その後、新型コロナウイルスの流行による需要減が重なり、3月末の54.5%を底に在庫が増加に転じている。現在、欧州の天然ガス在庫は表1に示すように70%を超えた状態で、1日当たりおよそ0.4%の割合で在庫が増加している。欧州は夏のガス使用量は少ないため、図4に示す通り、毎年9月頃に在庫のピークを迎えていたが、今年はこのままのペースで増加した場合、約70日と8月中に貯蔵タンクが満タンになる計算となる。今年は冬の在庫減が少なく既に地下貯蔵の余裕はないともいわれており、早期に購入を手控える可能性が高いと考えられる。

図5はBNPのつなぎ足の価格を示しており、ガス余り起因と思われるが2019年11月から価格が下落し続けていることがわかる。
今後の見通し
トランプ・アメリカ大統領のエネルギー輸出方針と、ロシアだけに頼らないガス調達の多角化を行いたい欧州との利害が一致したことで、アメリカ産LNGの輸出は2018年に比べて6倍近くに急増した。こうして欧州では2019年の天然ガス大幅輸入増で元々在庫が高水準だったところに、新型コロナウイルスの影響による需要減が重なり在庫率が高くなっている。このままの平年と同じペースで輸入すれば、在庫が溢れるのは確実だと考えられる。既にLNG貨物の大量キャンセルが伝えられているが、欧州が天然ガスの輸入をキャンセルを続ける場合、図3にあるようにアメリカのLNG輸出の3割に当たる量が余るのは確実となる。この場合、アメリカの期近天然ガス価格の急落が起きるのではないかと考えている。
※このコラムで紹介している相場の動きの見方や見通しなどは執筆者の主観に基づくものであり、利益の増加や損失の減少を保証するものではありません。